バス釣り喜怒哀楽 鬼形 毅の裏日々是開発

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ティムコを退社しました。

このブログは完全放置していましたので、あまり見られていないのですがご報告を。

19年余にわたって勤務してきた株式会社ティムコを昨日をもって退社いたしました。
この場をお借りして、在籍中にお世話になったすべての方に御礼申し上げます。本来ならばお会いしてごあいさつしなくてはならない方もいらっしゃいますが、このような形でのご報告となったことをお詫び申し上げます。

思えばティムコでの大半を開発業務に費やしてきました。フェンウィックロッドは私が高校生時代に初めて手にした時から、憧れのブランドであり続けていました。
大学卒業を控え、釣り業界とは無縁の所謂有名企業に内定をもらったものの、どうしてもその憧れと、自分のバスフィッシングへの情熱を抑えることができず、偶然にも新卒の募集をしていたティムコの採用試験に応募。採用を決定していただいた当時の役員の皆様には、感謝の言葉しかありません。
数年の営業経験を経て、開発課に配属されてフェンウィックロッドを担当することになったときの喜びと興奮と、不安感は今も思い出すことができます。現在ケイテック社長の林圭一氏がティムコを退社されて以降、ブランドとしてもロッドの出来としてもフェンウィックは危機に瀕していたタイミングだったと思います(バスブームの終焉手前で、売上は良かったですが)。
フェンウィック自体もブランドホルダーが変わり、工場が中国工場へ移転するタイミングということで、その業務は想像以上に苦しいものでした。
今とは違い、ブランドホルダーであるピュアフィッシングには日本法人がなく、工場側にも日本のバスフィッシングシーンを知る者はいませんでした。さらに言えば、ティムコ社内にも誰もバスフィッシングに本格的に取り組む人もなく、ロッド開発のノウハウすら皆無でした。
ただひたすらに工場へ足を運び、自分の理想とするイメージを伝え、バスフィッシングの動作、なぜこういったアクションが必要なのか、なぜこのような品質でなければならないか、を工場に理解してもらう作業を繰り返しました。時にはテーブルを強くたたいて怒ったこともありますし、ロッドのウェイト1g削るのに深夜まで議論したこともありました。

出来上がったロッドたちは、その当時の私が持てる力を全て注ぎ込んだものばかりです。振り返ってみればやり直したいこともありますが、その瞬間瞬間はベストを尽くした結果なので、恥じることも悔いることもありません。

自分自身がトーナメントに出れば、プロの言うことがもっと理解できるのではないか、もっと自分がうまくなれるのではないか、そうすれば良いロッドを作ることができるし、宣伝もできる、あわよくば勝てる・・・なんて目論見でトーナメントにも積極的に参戦しました。もちろん自分自身が楽しいからこそ続けることができたわけですが、会社の理解とサポートは絶大なものでした。
フェンウィックのシャツを着て試合に出ることの喜び、誇り、重圧。開発アイテムに合わせて出るカテゴリー、フィールドを増やしてみたり(多いときは年間20試合くらい出た)、多くの選手から刺激やアイデア、アドバイスを頂いたり。ロッド開発において非常に大きな役割を果たしたのが、トーナメント参戦でした。だからこそ、今も戦うトーナメンターの気持ちはわかるし、応援していきたいのです。
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「思えばトーナメントシャツも色んなバージョンを着させてもらいました。個人的には黒の刺繍バージョンが一番好きです。」

多くのプロスタッフとの出会いもありました。
言うまでもなく、Mr. fenwickである沢村幸弘さんは、私の恩人であり、師だと思っています。お会いして間もないころ、「歳はいくつになった?」と聞かれ、「30歳(たぶん)です。まだまだ若造です」と言ったことを答えたら、「俺は28歳でキャリルを始めたぜ。これから鬼形がティムコの鬼形のまま行くのか、鬼形が~している、と思われるようになるのか、考えていかないと。」と言われたことが、今回の決断につながっているといっても過言ではありません(沢村さん本人は覚えてないと思いますが・・・)。
たくさん同船させていただきました。オールスター、ワールドシリーズ、いろいろなフィールドでたくさん教えていただきました。昨年の遠賀川戦での優勝は、心底嬉しかった。自分の中で今回の決断をほぼ固めた年でしたから。おそらくプロスタッフが優勝して、その現場に立ち会って、僕が大泣きすることは二度とないでしょう。
いまでも、沢村さんのロッドを作ってきたことを誇りに思いますし、正直言えば、沢村さんが僕の作ったロッド以外を使うことに違和感があるのも事実です。それでも「自分の人生だから」と背中を押していただいたことには感謝しかありません。

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「遠賀川戦圧勝の記憶も強烈だが、それ以上に昔からの何気ないアドバイスなどが思い出されます。」

北大祐さんは付き合った年数こそ短いものの、一緒に過ごした時間は最近では間違いなく長いスタッフです。最初はどこか陰のある、なんとなく斜に構えた感のある彼が、力をつけてついにはトップ50の年間王者に上り詰めた過程を最も身近に見てきました。中国のトーナメントにも出たし、マスターズではいつも相部屋で泊まってました。マスターズの優勝も、AOYも、トップ50初優勝も年間優勝も、現場で立ち会うことが出来ました。とにかく釣りの話をたくさんできたし、楽しかった。

ウェインステージで
「中国で開催されたLTWトーナメントに参加。ジャッカル、シマノチーム、ルアマガ編集長との珍道中でした。」

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「JBトップ50年間優勝、北浦戦優勝、七色ダム戦優勝、マスターズAOYなど多くの勝利の現場に立ち会うことが出来ました。ホント、うれしかった。」

山岡計文さんは最も短い付き合いですが、気さくな人柄と、なによりも天性の釣りセンスが魅力的です。七色ダムに行って、彼の生まれ育った環境を見れば、その全てが納得できました。今年の七色ダム戦のレポートには、地元に行ってみてわかる彼の生き様、プロとしてのありようを思いを込めて書いたつもりです。持てる才能はまだまだ開花しきっていない、未完の大器である彼の今後を見続けていきたい、そう思うスタッフです。
50アップ!
「池原、七色ダムではいつも衝撃的な釣りを見せてくれました。まさにナチュラルボーン・アングラーだと思います。」


琵琶湖ガイドの平村尚也さんは、もともと友人としての関係が先にありました。今となってはJBを去り、それぞれのステージで活躍している多くのトーナメント仲間の一人です。JB2桧原湖シリーズでパートナーとして年間優勝を果たし、その後は琵琶湖の人気ガイドとして、公私にわたって僕を応援してくれました。テスト中とは言え、たくさんのビッグフィッシュを釣らせてくれました。

JBII桧原湖年間優勝!
「2001年にはJBII桧原湖でペアを組んで開幕戦優勝&年間優勝。お互い若いなぁ。フェリーで参戦してましたね、平村氏・・・(画像拝借 from NBC NEWS)」

市村直之さん、小島宏さん、庄司潤さん、国保誠さん、吉田幸二さん・・・・。他にも多くのスタッフさんとバスフィッシングという共通言語でお付き合いすることが出来ました。その全てが僕の財産であり、大切な思い出です。

契約スタッフが不正で除名になるという、悲しい事件もありました。必ずしもすべてのスタッフと円満にお付き合いできたわけではないでしょうが、たくさんのことを学ばせてもらいました。その機会を与えてくれたティムコの皆様にも感謝の言葉しかありません。
多くのショップの方々、そしてフェンウィックを愛用してくださるユーザーの皆様にも、御礼申し上げます。

これからは、仲間と共に会社を立ち上げて、自分の持てるノウハウをすべてつぎ込んだロッド作りに邁進したいと思います。会社名は「LEGIT DESIGN (レジットデザイン)」
新会社の詳細は後日改めてこのブログでもご紹介させていただきます。

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まとめ

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